質疑応答
 
司会 品川正治さんどうもありがとうございました。地元の方の意見もいろいろ聞きたいというご要望もありましたので、質疑応答の時間とさせていただきます。
質問者その1
 町内会長の1人ですが、先だってブッシュ大統領を大学で教えたという大学教授がおいでてまして、ブッシュ大統領の学生時代のことを話されておりました。どうしようもない嘘つきで金と権力にものを言わせて、子分を使って有頂天になっておった学生だと、そのようにおっしゃってました。アメリカに帰ってまた大学教授が勤まらんだろうかと、非常にし心配したほどでした。

 ブッシュ大統領は盟友は作らないとそういっておられました。ところが小泉首相は、先生が先ほどおっしゃられたように価値観が一緒だと、ブッシュと私が名優だとそう言って国民に吹聴しております。これは国家主義的な考え方が進んできたロン・ヤス時代と全く同じ考えではないかと思います。その点について先生はどのようにお考えかを考えしたいのです以上です。
品川正治さん
 私、経済人として、本当はお話しの中でもふれないといけないのは、なぜ経済界が先走って憲法改正を行っているのかとか、提言を出したりしているのかということに若干ご説明がいるわけなのです。
 今のブッシュさんの話とは直接のご回答にならないかもしれませんが、なぜ日本の場合はそういうふうな形で問題をとらえているのかということに関して、やはりアメリカの実情に関して触れながら申しますと、現在の日本の日本の経済界の指導者というのはほとんど全部といっていいくらい、アメリカ留学の経験があるわけなんです。
 しかもその留学の世話をしてくれたフルブライトという人はとても偉い人なんです。アメリカの良心を表しておった人なんですね。それから、マスコミに対しても価値観があいまいじゃないかということを言いましたけれども、マスコミの大先輩たちも皆同じ経験をしているわけなんです。
 だいたいアメリカで民泊といいますか民宿をして、民宿にあてがわれた家というのは極めて質素なクエーカー教徒の家に住んでおった。だからアメリカにほれ込んでおることは事実なんです。
 かつてのアメリカというのはそれだけの力を持っておったのです。その点ではかつてのアメリカではブッシュさんはおそらく大統領というにはほど遠い存在だったのだろうと思います。ところが、現在の状況というのは、だから私はアメリカの現在のアメリカと価値観が違うということを言っているわけなんです。
 19世紀20世紀をかけて、アメリカはやはり自由とか人権に関しましては他の国のリーダーとして恥ずかしくない行動をの方が多かった。しかし冷戦が始まり冷戦後の状況からいいますと、ベトナムで戦い、ここでは敗れました。それからアフガンに出、イラクに出、この次はイランに出よ。そういう形で物事をすべて見ていこうとしている。そこにある価値観というのは、われわれは承服できない価値観だ。それを申し上げているんで、その点ではなぜ経済界がああいうふうに先走った形をとるのかということをもう少し言わせていただきます。
 まずやはり、情報通信産業とか運輸産業とかいう、アメリカでは軍産複合体の中心になっている。ただ日本では石油資本というのはそれほど強くないので、この運輸作業運輸資本、情報通信というのはアメリカの軍産複合体を構成している部分なんですね。その人たちとは意見が通じやすいというのがひとつあります。
 それともう1つは、大部分アメリカをマーケットにしている産業のリーダーが多い。これもやはりアメリカとの関係では非常に価値観が一緒だというものの言い方に吊られやすい、立場におることも事実なんです。アメリカをマーケットにする場合に、価値観が違うと言ってしまうと非常に商売がしづらいということだけははっきりしている。その点はいまの経済人の若干、むしろ政治を引っ張っていくほどの強さで憲法の問題に関しては望もうとしている。
 特に九条二項に関してはもう一つ中国の台頭があります。中国は本来大国なんです。経済大国というよりも政治大国であることは、国連の常任理事国であることから考えても当然なんです。しかもあれだけ大きな図体の国です。
日本国憲法第9条2項「戦争の放棄」
 先日私は河野洋平衆院議長と会談をしました。河野さんの言われることには、中国は今まで大国だけどプレーグランドには降りてこなかっただけのことだと。今プレーし出したんです。あれだけの力があるのは当たり前だと。それを日本は今までは、眠っておった中国を含め、アジアは日本が仕切っていく。イニシアティブをとっていくという考え方が根強くあったわけです。
 それに対して、「いや、もうそういう時代ではなくなったぞ」という危機感も持っているわけなんです。中国、その次にインドという格好で、大国が出てきた場合に、ヘゲモニーをとるということに関しては難しくなってきたということが経済人の頭の中にあるわけなんです。その中で、「中国になめられてたまるか、それは軍がないからだ」という問題になってくるわけなんですね。

 これが私たちが一番恐れている、私の嫌な事なんです。ヘゲモニーを争うような経済状態を、日本の経済運営は先程申し上げたように改めてほしいという言い方は、そこを言っているわけなんです。
 経済というのが、ヘゲモニーの取り合いだという形で見てきているのは、アングロサクソンの経済の運営です。パックスブリタニカ、パックスアメリカーナ、という格好できたのがいわゆるアメリカ型アングロサクソン型の経済なんです。
 日本の場合は家平和憲法持っている以上はその経済政策は取らないですよと。もしここで、奇妙な話ですけれどもアメリカに対して一番金を貸しているのは日本と中国なんです。アメリカの国債を一番たくさん持っているのが日本と中国なんです。先ほど言いましたように日中が憲法改正に関して、国民がNOと言って日中関係が変わりだしたときに、経済でも非常に大きな影響力があります。
 それがひとつあります。そういうことを全部考えた上で軍がないことが欠陥だという意識が日本の財界の主流にあるわけなんです。しかしここでお断りしておきますが、経済人が全部そうなのだというふうには思わないでほしいんですね。というのは日本の産業構造というのは六割がサービス産業です。このサービス産業というのは軍産複合体を一番嫌がる産業なんです。
 統制だとかそういう形で問題を処理されることが一番嫌な産業の在り方なんです。これはご年配の方はご経験でしょうが、商売というものが成り立たなかったわけなんですね。戦争中は皆配給であり統制である。配給機構の一員としてしか扱われなかったわけです。そういう意味では経済界でもサービス産業に属している人が軍産複合体を作ることにと問われればノート答えるのが当たり前なんです。
 しかしこれも経済界のひとつの問題ですが、日本の経済界というの完全なヒエラルヒー(階級)ができていいるんです。トヨタさんの、トヨタ自動車の修理工場の工場主の一票と、豊田さんの1票とでは、百万倍くらいの大きさがあるんですね。政治の世界というのは、一票の価値というのがよく言われますけども、一票の価値は経済界の中には経済団体の中には全然ございません。
 明日トヨタに出入り差し止めになったらやっていけない事業というのがいっぱいあるわけなんです。私の会社がそうです。保険会社というのは自動車保険のウエートというのは非常に高い。だから奥田さんの言っていることに反対だというふうに今の現社長が言えば、それでは日本火災との取引はやめたと言われてしまうと千人近い社員が行き場を失ってしまうという、そういうヒエラルヒーが日本の経済の中には出来上がってしまっているんです。だから経済団体が行っていることと、経済人全部が言っていることだと、そういう風に理解されない方が正しいのではないか。
 いくらでも、国民投票だとか一対一ということになれば、全然様子は変わってくるわけです。いまは経済団体としてはそういう方たちが力を持っている。その点に関しては私も認めざるを得ません。
 しかし私は一切孤独感、孤立感はございません。こんなものの言い方をしても孤立感というものはないです。もっといってくれという連中が回りにいっぱいおります。経済のトップでも。しかしヒエラルヒーの関係でその人たちは言えない。それから最も経済に関して力ではなくて責任を持っている人たちは、これも物を言えないです。例えば日銀総裁が憲法改正反対だといった場合には、円の問題、元の問題がどういうふうになるかということを自覚した場合に、責任ある地位としては言えないんです。
 しかし前総裁の速水さんは、宗教人としてならいいだろうと「憲法改正絶対反対」という行脚をしております。それは教会を回っております。それには日銀の秘書室もコントロールはできないわけなんです。そういう意味でずいぶんたくさんの方たちは、「内心はこう思っている」とはっきりと私に対していい、だからもっと言ってくれと。金融の問題ならこれも言ってくれ、あれも言ってくれ、と言われるわけなんです。
 ただし先ほど言いましたように、経済団体として提言を出す場合はヒエラルヒーが非常にはっきりできてるし、その人たちはアメリカをマーケットにしているし、アメリカの軍産複合体に近いし、アメリカのいい面に関していい時代に留学しているという経験が多いし、これだけ揃ってしまっているわけなんですね。その点に関しては、非常に難しいので、それをはっきり言えるのはマスコミだけだろうと思うのです。その点私はこの席を借りてお話ししたわけなんです。
会場から質問者 その2
 お話しありがとうございました。ずいぶん造詣の深いお話しで、特に平和憲法を持つ国の経済活動というのは、また違ってあるべきだとずいぶん興味深く聞かせてもらいました。
 先生にお伺いしたいのは、現在の教育基本法をめぐる動きです。経済界の方々はこの前のピサの学力到達度で日本が数学で1位から6位へ転落するだとか、さまざまのところで学力問題がいわれています。今トヨタを中心に株式会社の学校をつくって、そして能力を開発するのだといっていました。
 先生にお伺いしたいのは、現在の教育基本法をめぐる動きです。経済界の方々はこの前のピサの学力到達度で日本が数学で1位から6位へ転落するだとか、さまざまのところで学力問題がいわれています。今トヨタを中心に株式会社の学校をつくって、そして能力を開発するのだといっていました。

品川正治さんの回答です。
 いま教育基本法の改訂の問題がまさに白熱化しておりますし、憲法の前哨戦のような形でもそれが取り上げられておりますが、私自身教育に関しましてはきわめて気持ちの中で、手を抜いて考えることはできないんです。
 私自身教師だったことがあるんです。新制中学の1期生の学級担任をしたことがあるんです。東大の学生の時でした。学歴詐称して、大学生だといったらいくらなんでも教員にはなれなかったんですが、高校卒で資格があったわけですから、高校卒という資格だけで学級担任をしとったんです。
 それで、当時の教え子とは私と9つしか違わないですね。もう皆はとっくに社会人を卒業したような人ですけれども、東京の上原中学というかなりレベルの高い地域で、当時はだれも私立などには行っていない、全部公立に行きました。私の教え子も非常に優秀でした。それでただそのときに、今でも続いているのですけれども、毎年社会科の授業をやってくれというふうに、12、3年前から始まりまして、まさに授業をやっているんです。
 ところが相手は都議会議長だとか、興銀の常務だとか、警視総監だとか、というのに皆なっているわけなんですね。その人たちに、社会科の授業としてもう1度先生の授業おきたいという格好で、集まってくれてまして、余談になりますけども、彼らは力を持っておりますから、今度その講義録を出版してくれることになったわけなんです。まあ、これは本当の余談ですが、教育に関しましては私は手を抜いて考えることはできないんです。
 それからもうひとつ、これは全く私事に渡りますが、私はひとり息子を亡くしましたけども、その息子は教育学の教授だったんです。それで遺言を残しまして、いま私が今育てている孫娘は、「絶対に公立に入れてくれ」という遺言なんです。公教育が駄目になったらこの国は駄目になる。そういう信念を持っておりました。だから私に対する遺言は学校の成績なんていうことに関してはあまり言わないくれ。きちっと公教育を受けさせてくれ。そういう遺言でひきとった娘ですからものすごく教育するのに私も気をつかいました。
 大学の教育学教授なんですね。それの娘を育てることの難しさというのは、身にしみて感じましたけれども、しかしその息子の言っていた事は正しいと私は信じていたわけです。おそらくいま生きておったら、都立大ですから慎太郎とけんかしてやめてしまったろうと思います。幸か不幸か、今は草葉の陰からそれを見ているだけなんですけれども。
 そういう意味でおっしゃるような教育に関しましての、特に経済界からの注文というのは私に言わせればすべて間違っております。私は全部過ちだと思っております。ただ経済界で教育の問題を論議するときは私の前身を知っている者がおりますから、教育に関しては品川さんに言い負かされるよという格好で、あまり論議を追ってこないんですけれども、ただ実利的な格好でまさに市場主義的な発想で、しかも功利的な形で問題をすべて解決しようする。
 
 そんな教育があるか。と言いたくなるような発言をしているわけなんです。しかも、教育を乱だしたのは一体だれかという問題も、これも経済界が大きいんです。一生懸命に先生は人間の生き方を教えようとしているのに、コマーシャルを提供しているのは大企業なんですよ。「あれはおかしいですよ」「あれは間違ってますよ」ということを先生は一生懸命になってプリントを書いている。毎日のように書いている。
 しかし大企業は依然としてコマーシャルを続けていっている。大企業に教育を云々されるような状況というのは、それひとつとってみてもあり得ないじゃないかというのが私の説なんです。おっしゃる意味は百%わかります。教育に対して経済界がとっている態度に関しては私は全く承服しておりません。これは経済人としていうのではなくてあくまで人間として行っているわけです。

司会
 品川正治さん講演および質疑応答、どうもありがとうございました。今一度拍手をよろしくお願いいたします。

2006年5月13日(土曜)高知市高新文化ホール